逢魔時の蕎麦の香り
自他ともに認めるとんでもない弱さの胃腸の持ち主として,旅行中の食事には結構気を使う.汚い話,何かしら食べると9割9分腹痛を起こす.よって,食事と排泄はほとんど1セットと言って良い.食事をする場合その後のトイレへの駆け込みも含めて考えておく必要がある.
これは地方の旅行において鬼門となる.都会であれば良いのだ.だいたい駅ビルか百貨店のトイレを借りれば良い.駅ビルと百貨店のトイレは綺麗だと相場が決まっているからだ.
逆に,駅ビルも百貨店もない田舎の場合,食事をするのはそれなりの決心が必要になる行為となる.自分は意志薄弱なのでそんな決心はできず,概ね「別に食べなくても良いか」と昼食をパスしてしまうことが多い.だいたい夕方のホテルへのチェックインまで我慢して,ホテルに入ってから遅い昼食と洒落込むわけだ.何故ならホテルにはトイレがあるからだ.人生はトイレを中心に回っている.
その日は朝ごはんを食べたのがとても早い時間だった.理由は朝から羽田に行って飛行機に乗る必要があり,そしてつまり朝ごはんを食べてからお腹の調子を安定させるために必要な時間を逆算すると,早朝に朝食を取らなければならないからだ.こいつ本当に胃腸に人生乗っ取られてるだろ.
空きっ腹と痛む脚――せっかち過ぎてバスを待つことが出来ずにその辺を歩き回ったので――を引きずって,それでもなおチェックインまでまだ時間があったので,とりあえず座れるところ,ということでバスターミナルになだれ込んでみたところ,めちゃくちゃいい匂いがした.
その匂いは,我が友,立ち食い蕎麦屋ではないか?
まず自分は蕎麦が大好きである.更に言うと,こういう感じのチェーン展開されていない感じの立ち食い蕎麦屋が好きである.なんて言っても安い.そして何より,初めて一人旅をしてたどり着いた越後湯沢の駅蕎麦を思い出すのだ.安い上にノスタルジーのトッピングは無料.こんなオトクなお店はない,それが立ち食いそばだ.
よって,旅先ではあまりご飯を食べないポリシーを曲げて遅めの立ち食い蕎麦ランチと洒落込んでみた.立ち食い蕎麦にはそれだけの魔力がある.
季節は晩秋.寒い中ですする蕎麦は美味い.メガネはめっちゃ曇るし,鼻水は垂れてきそうになるし大変なのだが,それでこそ立ち食い蕎麦だ.早朝から何も食べておらず,空腹の限界だったので異常に美味く感じる.
その日は,食べた後にお腹を壊さなかった.
立ち食い蕎麦を食べて外に出たら外は暗くなり始めていた.