Bluelight Sonata

2023-07-30

#24 接触不良 | 根暗草子

At Misasa hot spring village, Tottori, Japan.

その日は何かがおかしかった.


かなり前から自他ともに認める“コミュ障”だけど,他人との関わりには遠心力を効かせつつも,日常生活では不都合がないようになんとかがんばっている.あまり深い関わりとかはしないまでも,とりあえず必要最低限のやり取りをスムーズにするために困らないだけの関係性だけは薄っすら持っているというか,そういう感じ.

そういえば高校の時にもそれは担任に見破られていたらしく,二者面談の時に親が「仲が良いっていうわけでもないけど,うまくやってるみたいですよ」と担任に言われたらしい.そこに気づくとは中々目の付け所がシャープである.でも親にそんなこと言ってくれるなよ.


必然に旅に出るのも一人旅になる.最近の社会はよくできていて,旅のほとんどを無言でこなすことができるようになっている.スマホで買う切符やチケットに,検札も省略され,移動中はほとんど黙り込んでいる.強いて言うならホテルのチェックインと,旅先でする食事だけは発話を要求されてしまうのだが,ここだけは我慢して口を開いている.でも最近は鍵をBOXに突っ込んだらフロントスルーしてチェックアウトできるホテルが増えてきていてうれしい.

一人旅って移動中とかホテルで何してるの?とたまに聞かれるけど,移動中は車窓を見ながらぼんやりしているし,ホテルや旅館では広縁に座ってぼんやりしている.何のために遠出してまでそんなことしてるの?と言われても,そうしたいからとしか言いようがないのが困る.


要はベースとして薄っすらと人間が嫌いなので,一人で黙り込んで一人で完結するライフスタイルを好む傾向にある.デフォルトがそちら側なので,逆に「人と話すぞ」って時はスイッチを入れて出かけなければいけない.会社に行く時とかもそうで,何らか儀式があるわけでもないし,意識的にしているわけではないけれど,仮想的なスイッチをオンにしてから出社している節がある.

逆に,スイッチが入っていない状態で不意打ちを食らう,これは非常につらい.街でばったり知り合いに出会ってしまった時とか.この時は完全に「スイッチオフ」なので,もう一刻も早く逃げてしまいたいし,会話は終わらせてしまいたいし,若干異様な雰囲気が漂ってしまう.なので,街で知り合いを見かけても絶対に気づかないふりをする.ただこれはレアケースで,逆説的には「スイッチオン」の状態を作っていさえすれば,辛うじて常識人の仮面を被って会話をすることくらいはできるのだ.

そうして今までの人生,なんとなくやってきたのだけれど,その日だけは何かがおかしかった.


転職した同期を含めてご飯を食べに行こうという話になり──当然,発案は自分ではない──,珍しく休みの日に人と会う用事で外に出た.不意打ちではなく「スイッチオン」状態のはずだった.

ちょっと早めに着いてしまい,まずは同期が1人合流.何か色々話しかけてきて,「スイッチオン」で答えようと思ったのだが,どういうわけか答えが喉から先に出ていかない.どういうわけか脳が働いておらず,答えの内容が云々以前に答えが生成されるまでのレスポンスが非常に悪い.まずい,これ「スイッチオフ」だ,と思って,「ああ」とか「うん」とか,とりあえず聞かれたことに辛うじて答えつつやり過ごしていた.

そうこうしているうちにもう1人同期が合流したので,これ幸いと会話は2人に任せておいて,空を眺めていた.一応「話聞いてる?」と言われた時のために耳だけはそちらに傾けて,あとは「南風のはずなのに雲が流れる方向が違うな」とか「羽田に着陸する飛行機が途絶えたってことは18時になったんだな」とか,どうでもいいことを考えていた.しまいにはやっぱり「話聞いてる?」と言われたので,ちゃんと傾けていた耳から得た情報を開陳して,ほらちゃんと話聞いてるでしょ,と言って一命を取り留めた.

自分でも何かスイッチ入らないな,という自覚はあって,接触不良を起こしたスイッチをこねくり回していたら,後半ようやくスイッチがオンになった.物理的にスイッチがあれば分解して油でも差すところなのだが,仮想スイッチだとこういう時に困る.


結局原因は分からずじまいだったけど,「不意打ち以外で人と会う時にスイッチが入らなかった」は未だかつてない出来事だった.これは非常にショックで「言うてコミュ障はコミュ障だけど,必要な場面ではスイッチ入れられるしさ」と言っていたのが成り立たなくなっている.

スイッチ入らないとガチのコミュ障になってしまうので,こればっかりは何とかしたいんだけど,原因がわからないので何とも.変にスイッチが擦り切れてて一生この接触不良起こしたスイッチ抱えていくことにならないといいんだけど.

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