#06 記憶の中の吐き気を催した桜並木 | 根暗草子
一番印象に残っていることと言われると,入社式の日の通勤を思い出す.ぼんやりと窓の外を眺めていると神田川沿いに満開の桜が一瞬見えて,ああ,これから40年なり50年,こうやってただ毎朝電車に揺られていくしかないんだな,と思って吐き気を催したのを覚えている.
───社会人2年目の終わりの振り返りの未遂
この迷文は,社会人2年目を終えての振り返りの研修で「2年間で印象に残っていることをできるだけ書き出せ」と言われて,初手で思い出すがままに考えた文章.この内容を同期にボヤいたら,「振り返りで風景描写入るのおかしいでしょ」というあまりにも真っ当なツッコミを受け,結局研修では風景描写を省いて“まともな”文章を持ち込んだ.
そもそも,入社前日に都内で桜を眺めてまわっていて,その時に既に内心吐き気を催していた.人生でこれだけ落ち込んだ気分になって眠ることないだろ,って感じの気分を引っさげてなんとか眠りについて,朝起きて半泣きでアニメ見ながらロールパンを詰め込んで,社畜トロッコに揺られて見た車窓がコレだ.
なんというか,一瞬で悟りを得た感じだった.「あ,これから平日にふらっと桜を見に行ったりできないんだ.こうやって電車の中から一瞬桜を見るのが関の山なんだ」という感じ.で,吐き気を催した,という次第.危うく中央線をロールパンで汚して止めることになりかけたのを我慢したので,そこは褒めてほしい.
ついに社会人も3年目になって,ようやくわかったのは,よく言われる「桜の季節は短い」の意味.あれは“土日にしか見にいけない”桜の話をしてるんだ,っていうこと.いつでも,時には遠くまで,あてもなく自由に桜を見に行けるならともかく,そうでないなら桜を見ることのできる季節は,あまりにも短い.
今年の桜は本当に短かった.ただでさえ短い桜の季節が予想外に早く始まってしまい,有休を使って桜を見に行くことすら難しくて.そしてその上,数少ない桜の週末を狙ったかのようにやってくる春の嵐.結局,ごく限られた日に朝から晩までかけずり回って,見頃を若干過ぎた桜を目に焼き付けることくらいしかできなかった.
もうさすがに慣れてきたので,出勤のたびに吐き気を催したりはしないけれど,1年に1回,この短い桜の季節だけは,初日に一瞬見たあの桜並木を思い出して,それにまつわる不自由さを噛み締めて,また吐き気を催している.