#01 歩くということ | 根暗草子
最近になってようやく,自分の「歩ける」の感覚が平均よりかなり長めらしいということに気づくに至った.
大手町から東京は歩けるし,東京から有楽町は歩けるし,有楽町から銀座は歩けるし,銀座から築地は歩ける.だから,大手町から築地は歩けるし,歩く.ついでにいうと銀座から浜松町も頑張れば歩けるので,東京から浜松町まで歩いたこともある.
私にはそうして歩いている意味がまるで解らなかったくらいです。私は冗談半分Kにそういいました。するとKは足があるから歩くのだと答えました。
────夏目漱石 / こころ
「K」は足があるから歩くのだ,と答えた.ならば自分の歩く理由は何なのか.
最近大人気のUberEats.一度だけ使ったことがある.会社の先輩がテレワーク期間中の食事に便利だ便利だと頻りに言うので,なるほどそういうものかと登録して,初回限定の1500円のクーポンをもらった.1500円分もあるのだから普段食べないようなちょっとした贅沢でもすればいいのに,何を思ったかマクドナルドのチキンフィレオセットを頼んで,それっきりになっている.
便利なのも,知っている.配送の手数料が思ったよりもお手頃なのも,一度頼んだときに知った.それでも使わないのは何故か.
結局,自分の手間を省く,ということに手頃な配送手数料ほどにさえ価値を見いだせないのだ.「お前が“歩かない”ことに200円なり300円かける価値があるのか」とか考えてしまうのだ.歩けばいいじゃん,歩けるんだから.
こういう話をするとよく「時給換算するとUberで頼んだほうが安上がり」とか言う人がいる.マックを買いに行く往復20分を300円で空き時間にできる,それは確かに効率が良いように見える.でも常に何かを生産し続けている人ならともかく,空いた20分で自分が生み出せるのはせいぜい二酸化炭素くらいのもので,時給換算したところでそれは0円だ.……と考えるとやはり自分のその20分にお金をかける価値が見当たらない.
「K」は足があるから歩いた.自分は自分にそこまでの価値を見出だせないから今日も歩いている.