identity | 傘の下でバウヒニアが薫る
キューバに行って,1ヶ月経った.すると,また海外に行きたくなった.6年半ぶりに海外旅行して,完全に海外旅行熱が高まっている状態である.だから,また旅に出ることにした.
ちょうど月曜日の休みが取れた.それで結構満足だったのだが,ついでに金曜日の午後休も取れた.異動してから休みが取りやすくて良い.仕事終わりに空港に直行!というのはいかにも社会人らしくて良い.ただしテレワークなので,あまり社会人トラベラー感はない.もっと言うと,やはり定時に仕事切り上げて空港にダッシュ!してこそ社会人の旅行というモノなのではないか?
でも明確に午後休にでもしないと定時にスッと仕事は終われないしね.世知辛いったらありゃしない.
向かうは香港.
何故「香港」なのか?理由はいくつかある.まず3.5日の休みにちょうどよい距離感だった.往路5時間弱,復路4時間といったところ.韓国は近すぎる.中国はビザないと行けない.台湾はもう行ったことある.そして東アジア以外は遠すぎる.メキシコ復路は15時間くらいかかってグロッキー状態だった.『水曜どうでしょう』みたいな世界観だ.ケツが割れる.なるほど香港はちょうど良い.折しもエビシウマイとか食べたい気分だった.
あとはステレオタイプ的な香港イメージは多分どんどんなくなっていく傾向にあって,例えば「香港」と言われて思い浮かべる建物から看板がせり出してくる光景はだいぶ減ってしまったらしい.諸行無常.香港もだんだん変わっていく.それは悪いことではないけど,でも変わらないうちに行っておきたい.変わった後にもう一度行くことはできる.変わった後になってから変わる前に戻ることはできない.時間は不可逆である.
香港に着いたら夜も更けていた.いくら片道4, 5時間でも午後休取って成田空港からフライトだとそれなりの時間にはなってしまうらしい.イメージではもう少し明るい時間帯に着くような感じを勝手に描いていたが,そういう意味ではちょっとナメていたと言わざるを得ない.
空港からメトロを乗り継いでたどり着いた湾仔の駅から地上に出ると,夜も更けた香港島はまだ活気があって,駅の横に広がるグラウンドではバスケやサッカーをしている人がたくさんいた.ホテルに向かって歩き始めると乾季ながら東京より湿った空気を感じて,初めての海外旅行で台湾に行った時を思い出す.あの時はもっと遅く,未明の台北をホテルまで歩いたんだった.
ホテルにたどり着いて荷物を放り投げて,時刻は23時前.さすがに寝るか?と思ったけど,もう少し歩いてみたくて再び街に繰り出す.思ったよりも遅い時間まで街に活気があって,もう少し街歩きしてみようかと思わせてくれる何かがある.
それに何より,今回は秘密兵器がある.キューバ旅行で貴重品をスられないかビビりすぎて気疲れしてしまったので,シークレットポーチを買い込んでおいた.財布やらパスポートは文字通り懐に隠し持っている.これなら少なくとも「知らないうちにスリにあって詰みました」ということは,多分ないだろうと思う.「突然ぶん殴られて身ぐるみ剥がされる」という羅生門型の詰み方は防げるかわからないが,まあこの活気のある街ならそれは大丈夫そうだ.
今思えば,6年半前に台湾に行ったときはあまりにも慢心していた.さすがにポケットに財布を突っ込むような真似はしていなかったような気がするが,普通にリュックに貴重品を放り込んで街をフラフラしていた.いくら台湾は比較的安全とは言え,あまりにも無防備だったんじゃないか.
こうして今,海外旅に出て思うのだが,国外に出た瞬間「パスポート」とかいう小冊子に自分のアイデンティティが全て依存している,という構造のあまりのリスクの大きさに目が回りそうになる.パスポートを盗まれるか落とすかした瞬間,遠い異国の地で自分が何者かを証明することができなくなるのはあまりにも怖い.何で6年半前はあんな平気な顔をしてパスポートもリュックに放り込めたんだろうか.人混みでリュックにスッと手を突っ込まれたらジ・エンドなのに.
この警戒心の高まりは,6年半で得たものと言うべきなのか.それとも何かを失った代償と見るべきなのか.それは自分でも良くわからない.